中川衛

なかがわまもる

かがぞうがん

加賀象嵌

江戸時代から加賀に伝わる伝統工芸、加賀象嵌。一度は無くなりかけたその技術を守りながら、独自の技法を重ね、加賀象嵌に新境地を切り開いている人間国宝・中川衛さんの過去・現在・未来へと迫る。

加賀象嵌への道

小さな金槌で鏨(たがね)を打ちながら掘り進む。

-中川さんは、加賀藩時代の鎧(あぶみ)と運命の出会いをして、27才の時、高橋介州(かいしゅう)先生に師事をされたと伺っています。修行時代についてお伺いできますか?

中川さん:高橋先生の所へは技術やデザインを習いに10年程通いました。また先生の作品の手伝いもいたしました。当時私は「石川県工業試験場」に勤めながら、先生の元で修行していましたが、別の仕事をしながら作家活動をする場合、途中で作家を止めてしまう人が多かったので、私は必ずやり遂げようと決心をしてこの道に入りました。その決意のもと根気強く作品と向き合っていると、だんだんと展覧会で賞を取るようになり、それ以上の決意となりました。そんな私を、家族は遠くから見守り、特に妻はしっかりと、家庭を守ってくれていたと思います。

-石川県工業試験場の経験は、中川さんの作家活動にどのような影響をもたらしたのでしょうか?

中川さん:県内の金工、漆、染、木工、陶磁器など、様々な分野の作家を知ることができたので、その多様な考え方やデザイン、技法などが後々の自分の作品に影響していると思います。

-高橋先生に弟子入りされて5年後には、「日本伝統工芸展」に初入選されたわけですが、当時はどのような心境でいらっしゃいましたか?

中川さん:初入選、正会員入賞が大きな目標でしたので、一つの通過点を越えたことの喜びは大きなもので、さらに目標に向かう気持になりました。

作品作りに対する思い

石川県「金沢駅」中2階待合室に設置された中川衛さんの作品。

鳥と樹木を組み合わせ、金沢の春を表現している。

-高橋先生は、中川さんに対して「ハイカラなものをつくれ」とおっしゃっていたそうですが、これはどのようなメッセージでしょうか?

中川さん:人に言われただけのものは「商品」であり、そこに自分のアイデアやイメージ、考え方を入れて作るのが「作品」です。その時代にあった新しい感覚のものを作り続けることで、伝統工芸が発展します。高橋先生はそのことをおっしゃっています。文様や形だけでなく現代の住、食、社会などを知ることも大切です。

後継者やファンを増やすために

-中川さんは、母校・金沢美術工芸大学などで後継者育成にも取り組まれてきました。いま感じられている課題はありますか?

中川さん:これまで多くの後継者が育っていきました。ただ、皆が同じ方向の作品づくりでは、作家の飽和状態になります。伝統工芸の世界だけでなく、様々な新しい分野に入って欲しいと思います。 ​

-加賀象嵌の愛好家を増やすために、取り組まれていることやお考えをお話しください。

中川さん:伝統工芸といえば日本ですが、海外にも伝統工芸に関心を持っている人は大勢います。作風の展開次第で、他国へ多く広がるのです。例えば、従来の伝統工芸に別の表情を持たせることで、現代アートのインテリア作品として、海外で評価されるようになります。また、象嵌作品を知った人は技法にも興味を持ってくださいます。日本の研修機関だけでなく、海外でも研修をして行きたいと考えています。既に、ニューヨーク、ワシントン、ロサンゼルス、イスタンブール、台湾、北京などで教えてきました。今後も台湾、ニューヨークを再訪し研修を予定しています。

象嵌朧銀花器 「夕映のイスタンブール」

今後の展望

-数千年前、地中海沿岸で始まった鉄を扱う技術が、シルクロードを経て日本へ伝わり、加賀藩で高度に発展しました。いわば進化を最先端まで遂げた「加賀象嵌」の展望をお聞かせください。

中川さん:工芸材料を用いた工芸技法である「工芸」の使われる道が、拡大していると思います。食生活の容器、住生活における調度品はもちろん、工業製品、装身具、建築、彫刻、現代アートの中にも入っています。だから、「象嵌」もそれらの中に用いられるように展開させていきたいと考えています。実際すでに、建築の壁面や彫刻作品、現代アートでも「象嵌」は使われるようになってきているのです。

石川県「リファーレ」に設置された壁面作品「交流の譜」

九谷焼との合作

-人生100年時代と言われています。中川さんご自身が今後挑戦したいことはありますか?

中川さん:デザイン的には、世界に広がる造形や文様を求めていきたいと考えています。また、技術的には、金属は色彩が少ないので、多くの発色が出ないかを研究してみたいと思っています。

ポーラ伝統文化振興財団について

-最後に、中川さんからポーラ伝統文化振興財団へ、メッセージを頂戴できますか?

中川さん:伝統工芸はこれからも衰退していきます。例えば、かつてお茶やコーヒーは陶器で飲んでいました。今はペットボトルや紙コップが主流です。社会における利便性やスピードが増す反面、心の癒し、毎日の楽しさが失われていると思うのです。ポーラ伝統文化振興財団40周年記念展『無形にふれる』では、私も含めて、色々なワークショップが開催されました。伝統芸能や伝統工芸の素晴らしさを若い人たちにいろいろと体験して貰い、このような現場から、少しでも多くの方が、伝統文化を理解し継承してくれるようになって欲しいと願っています。

銀座のPOLA Museum Annexで行われた中川衛さんのワークショップ。老若男女幅広い層が中川さんの象嵌技法を体験した。

ワークショップでは海外象嵌作品の制作技法についても解説

インタビューを終えて

 ポーラ伝統文化振興財団40周年記念展「無形にふれる」では、中川さんの作品制作過程と作品のデザイン力を特にフィーチャー。幾重にも金属を嵌め込んで制作する「加賀象嵌」ならではの表現の魅力を知り、作品にも直接触れて感じることができる、体験型展示が展開されていました。ワークショップと合わせて、中川衛さんが追求する世界の内側を垣間見させて頂けたと感じます。人間国宝になられてもなお、新境地を開拓したいという中川さんの精神に、さらに進化する加賀象嵌の未来の姿を想像して止みません。